今を生きる文化とミラー文化<メキシコ移住して見えた日本との違い>
- Akiyoshi Ishigami
- 2025年12月5日
- 読了時間: 3分

さて、今日は今いるメキシコについて記していこうと思う。
ラテン文化を卒論で書き、実際にメキシコに移住してみて、2つの日本の文化との違いが見えてきた。もちろん、「そういう傾向が高い」というだけで、全員がそういうわけではないし、あくまでも僕の視点での話になる。
また、どちらの文化がいいとかではなく、あくまでも価値観を広げるために見てほしい。そこに優劣をつけるのではなく、異なる価値観を知るという行為がどれだけ他人を思いやれることに繋がるのか、共感できる海外経験のある人たちも多いだろう。
まず、一つ目「今を生きる」
これに関しては何となく想像できる人もいるのではないだろうか。 日本人が「未来のために」今この瞬間を我慢して、いろんなことに投資をしたり(勉強や社会経験など含む)貯金をしたりするというのは明確だろう。 それに対し、ラテン系の人たちは貯金をしようと考える人が少ない。全体的な収入の低さもあるが、入ったお金はすぐに使おうとする。それは物であったり、お酒であったり、旅行であったりする。今この瞬間を楽しむためにお金を稼ぎ、入ったらすぐに散財する。 また、仕事など、そのための努力の過程も気を張らずに何かに追い詰められているようではなく、気楽に取り組んでいるように映る。 そのため日本とは違い、給料は月に二回支払われる。もし一回だと、月末にみんなが破産してしまうからだ。また、月に二回の給料日の渋滞はすごい。みんなが買い出しや遊びに出かけていく。明日の仕事を憂鬱に思うこともあるかもしれないが、日本人よりそれは少ないだろう。それにより、過度なストレスを抱えている人が日本と比べると本当に少なく見える。
2つ目に気づいた文化の違いは
ミラーの文化
だ。日本では、一般的に問題をできるだけ起こさないように という軸で行動を決めているように思える。
さらに誰かが悲しんでいたり、楽しんでいてもそれに心から共感することは少なく、冷えた目線で見たり、自分のその時の感情が勝っている場面が多い。(自分もそう)それに対し、彼らは他人の感情がミラーのように投影される。
誰かが楽しそうにしていれば周りの人も影響され、誰かの悲しい話を聞くと彼らも共感を本気でする。例えば道路で自転車同士がぶつかりそうになった時、片方が怒ればもう片方も怒り出す。逆に自分が謝れば、相手もこちらも悪かったとなる。
そう考えると、いかにポジティブに楽しそうにまた、相手にリスペクトをもって日常を生きていくことが自分にどれだけ良い影響があるかと思い知らされる。
おわり
この二つ以外にも日本の反対側の国というだけあって、正反対に思えるような性格や文化の違いがみられるこの国だが、そこに優劣をつけるのではなく、自分や周りの人に少しでもプラスになるように、いろんな価値観に触れて生活を続けていきたい。



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